イオンの不思議生活 new

      普通の主婦の、怖くない不思議体験と地震予測日記(関東発信)

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    ぶたにく

    ぶたにくぶたにく
    (2010/01/30)
    大西 暢夫

    商品詳細を見る


    メインでの本の紹介は初めてかな?
    サブブログで紹介した本はこちらにまとめました)

    いやぁ、ぜひ見て(読んで)いただきたくて。

    エディターレビュー
    内容紹介
    お米や野菜は、どうやって育つかを知っている。
    でも、ぶた肉がどうやって食卓へあがるのかは知らない!

    鹿児島市にある知的障害施設が舞台。
    そこでは障害をもつ方たちが、とても大切にぶたを育てている。
    ぶたの餌は小学校の残飯。
    私たち人間が残したものをぶたは食べ、10か月で出荷され、ぶた肉となる。
    その繰り返しで、我々は生きている・・・・
    「いのち」「食」を学ぶドキュメンタリー写真絵本。

    内容(「BOOK」データベースより)
    お肉はどこからやってくる?
    お米や野菜は、どうやって育つかを知っている。
    でも、ぶた肉がどうやって食卓へあがるのかは知らない。
    鹿児島のある豚舎を追った、ドキュメンタリー写真絵本。
    小学校中学年~おとなまで。



    大事に育てた豚が、ページをめくると「食材」に変化していく様子は、
    「ショッキングで、子どもに見せたくない」
    と言う人がいるかもしれません。

    でも私は、知るべきだと思います。

    少なくとも大人は、
    「あなたの命をいただきます」
    の意味をちゃんと知るべきだと思うのです。

    こんな風に書くと、何やら残酷でかわいそうな本のように思ってしまうかもしれませんが、そうじゃないの。

    絵本の豚たちは、真っ直ぐでそのまんまで、とても愛くるしい。
    そこで働く障害者の方たちもとてもイキイキしていて、充実感が伝わってくるのがまた嬉しい。

    何と言うか・・・“愛”がある。クマ うんうん デコ

    生命の循環を、理屈の押し付けではなく、ハートで伝えてくれている感じがします。

    目にする機会があれば、ぜひ手にとって読んでみてください。
    そして、少しだけ考えてみてください。

    それはきっと、あなたの人生をちょっぴり味わい深くしてくれるでしょうから。パンダ おいしい ルンルン デコ

    ← 「いただきます」に愛をこめて


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    [ 2010/12/16 23:57 ] プライベート他 | TB(-) | CM(35)
    うんうん
    相変わらず上手い言葉も出てこないけど、ここ最近ではもの凄く賛同!
    なんか上手いこと感じたことを伝えたいけど、このようなことはそもそも理屈抜きで言葉にできないようなデリケートなことなのかもしれないし、そのうえ私のような鼻毛楽描き野郎には言葉で表現何てやっぱりできません・・・( ̄.. ̄;)もどかしいっすわ・・・・
    [ 2010/12/17 00:33 ] [ 編集 ]
    私は、切り身や精肉に特に鈍感な気がします。
    感謝、ですよね
    [ 2010/12/17 01:31 ] [ 編集 ]
    魚肉
    そうですね。

    前々から言われている事ですが、牛や豚は「かわいそう」で「マグ〇の解体」(伏せ字になって無い?)は何も言われず、ショーになっちゃうのか?って疑問。

    私的には日本が「魚文化圏」だったからなんだと思ってはいますけども。

    中華屋の子供だった私は肉屋に御使いに行ったり魚屋とも交流があったので、肉のバラシ(精肉過程)(店の客⇒知人が行なっていた)や魚を三枚に下ろす(店の客⇒知人が行なっていた)のを目の当たりにしていました。

    道路の舗装もされていなかった相模原の片田舎で育ちました。
    保育園からの帰り道。牛舎も豚舎もニワトリ小屋もありました。
    牛舎の前を通るたび、「クサヤ」の臭い(後年知りました)を嗅いでいたものです。(クサっ!草の臭いがします)

    いつも通るたび「モ~」と言っていた牛たち。
    うすうす気づいていました。
    いつか観た肉屋の冷蔵庫でぶら下がっていたモノ(牛一頭分)に成るんだな・・・って。

    ただ、御使いに行く旅に。バラ肉数キロを受け取る旅に。

    ぼくら(肉屋も魚屋も中華屋も)は「コレ」で生活しているんだな・・・って言う当たり前になってしまった事を感じていました。

    「かわいそう」っちゃ、かわいそう。
    でも、それじゃ「コレ」を持って帰らなければ、やめてしまえば「みんな」がかわいそう。

    考えても判らないから、考えるのを止めた。
    そして僕は、いつも笑顔で用意していた「ソレ」を手渡してくれる肉屋のおばちゃんに、こう言うんだ。

    「ありがとう」
    [ 2010/12/17 03:14 ] [ 編集 ]
    食育…最近よく耳にします。

    実際に体験できるところもあるとか。

    大事に育ててくれる人たち、精肉にしてくれる人たち、お肉屋さんや、もちろんぶたさん、うしさん、とりさんにも、色んなところに感謝ですね。

    あなたを食べることによって私はまた生き長らえます。

    ありがとう&いただきます。
    [ 2010/12/17 03:41 ] [ 編集 ]
    豚も牛も精肉されるときは、痛み止めをうたれる訳ではないので、悲しいです。なので、食事は野菜の方が好きです。
    [ 2010/12/17 04:18 ] [ 編集 ]
    うわーん・・・
    書きあがった文を自分で読んで視て。

    「コレ」が「ソレ」になっているんだな~・・・

    考えなくなったら「モノ」になっちゃうんだ・・・

    これが「原罪」(現在?)って言われる事か!?って想った・・・

    永遠に判らない・・・そうかも知れないけれど、「考える」のを止めちゃダメなんだな・・・

    「ありがとう」はとても大切。
    でも
    「ありがとう」で片づけちゃダメなんだな・・・
    (自己批判しつつ肯定しつつ)

    そらさん、ありがとう。
    「ありがとう」「いただきます」の中に「想い」を!

    言葉だけの「ありがとう」
    言葉だけの「いただきます」
    ではなく、その根底の「想い」を「伝えて行く」事が大事なんだと思います。

    その意味でイオン師匠が紹介された本がとても大事なんだって事が「理解」出来るように「成る」と想うんですわ。

    最初は「ものまね」(真似事)から入った「いただきます」
    それが身に染みて解る(腑に落ちる)ように・・・成れるように・・・
    「伝えて行く」ことが必要なのかな~???
    (なんだか宗教家みたいですが、私はずっと無宗教です!)
    (自慢にならんわ!)(すみまそ~ん・・・)
    ヾ(´▽`;)ゝ
    [ 2010/12/17 04:34 ] [ 編集 ]
    ぽっとさん・・・
    すみません、批判とかでは無いんですが、気づいて欲しいな~と想うので書きます。

    それは「逃げ」です。

    動物がかわいそうだから野菜が・・・って、野菜は「かわいそう」では無いのですか?ってことなんです。

    私は畑に生えた雑草を抜くのも「かわいそう」だとは想うんです。
    そこらへんに現れた「ゴキブリ」を退治するのも「かわいそう」だと想うんです。
    ですが、今「必要なら、やる」んです。

    ウチの人が「ゴキブリなんとかして!」って言った時。
    「かわいそう」でも・・・やります。

    もう、こうなったら、洗濯でしか無いんです。
    (選択ですな・・・心の洗濯も選択も必要ですね)

    何を?誰を?優先するのか?って事でしか判断出来ない・・・

    今、一人の生きる人間として、出来る事は何か?
    今、目の前に居る全てを大切にすること。
    それと同時に。
    今、目の前に居ない(観えない)全てを「思いやる」こと。

    かな?って思っています。
    ヾ(´▽`;)ゝ←どうしてもシリアスに馴染めないらしい・・・

    肉でも野菜でも何でも・・・
    「ごめんなさい」 (あなたの命を取ってしまって)
    「許してください」 (私の犠牲にしてしまって)
    「ありがとう」 (私の糧になってくれて)
    「いただきます」 (改めてあなたに感謝します)

    て~事かなぁ・・・
    (;´д` )<あ~矢田屋だ・・・シリアスは・・・
    (尻、アヌスじゃないのよ?)(アホか~!!)(まだωの方が可愛イイわ!)(いや、どっちもどっちだって・・・)

    (; ̄Д ̄)ゞ<アホが、しつれいしますた!スマソ!
    [ 2010/12/17 05:05 ] [ 編集 ]
    どの食べ物も『いのち』を頂いてるんだから残さずたべるんだよ!いただきます!!ごちそうさま!!はママに言うのではなく今、食べようとしている食べ物達に感謝していうんだよってちょうど子ども達と食について話していた所なので、ぜひ見せたいと思います。
    とても大切な食育だと思うから読ませたいです(^^)
    [ 2010/12/17 05:53 ] [ 編集 ]
    イルカさんの曲 いつか冷たい雨が (だったかな!?)を思い出しました

    食物連鎖などとは一言に片付けられない いろいろな思い(野菜、動物にも)が存在していますよね。

    前に ある方が 大地はエライ!踏みつけられ、掘られても 存在してくれるおかげで生物が生きていける!と話してくれてそうそうと思いました。私の体重も支えてくれてるし。重くてごめんなさ~い

    知らず知らず いろいろなものに助けられて生きていることに感謝しなきゃね

    是非 読んでみたいです
    [ 2010/12/17 07:08 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    ネガティブな言い方をすれば
    人は、他の命を奪わないと生きては行けない。('Д`)

    ポジティブな言い方をすれば
    沢山の命が、今までワタクシを支えてきてくれた。(`・ω・´)

    能天気なワタクシは、ポジティブな方をチョイス。
    ワタクシの背後には、沢山の応援団が「てめぇ!負んじゃねぇぞ!」「ガンバ♪ガンバ♪」と応援してくれていると思うと チョットやそっとで凹んでいられないわよね。

    今日も命をありがとう。
    ワタクシと共に より良い今日を過ごしましょう。
    [ 2010/12/17 07:47 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    「いのちの食べ方」という映画も良かったです。
    ナレーションや台詞が一回も入らず
    見ている人が自由に受け止めて考えてみてください。
    というスタンスの映画です。
    http://eiga.com/movie/34308/

    私もどのようにして食卓に上がってくるのか
    知ることに大賛成です。
    子どもの社会化見学に入れたら良いのになぁと
    思っています。

    私は理屈っぽくなりがちですが
    イオンさんはハートに伝えてくれる感じがする。という
    くだりにぐっときてしまいました。
    [ 2010/12/17 08:25 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    通学路の途中に精肉所があって、一度「ピギーッ」と悲鳴のような鳴き声が聞こえてきたことがありました…。
    せめて食卓にあがった料理はきちんと残さず食べるように心がけています。食材となった動物や野菜、もちろんそれを育てた人達や料理を作ってくれた人に感謝して。
    [ 2010/12/17 08:37 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    たくさんの尊い犠牲の上に私達の命が成り立っている。
    目を背けてはいけない現実ですよね。
    感謝して頂く事が私達に出来るせめてもの事。

    でも、精肉は仕方無いとしても、毛皮にされる方法はどうにかならないでしょうか。
    死んでからでは毛ヅヤが良くないからと、生きたまま毛皮を剥がされているそうなのです。

    人間お都合で消費される命なら、せめて苦痛を与えないで欲しい。
    そういう理由から、ぽっとさんの意見に共感しています。
       
    [ 2010/12/17 11:46 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    よく、「魚は痛覚がないからかわいそうじゃない」という意見を耳にします。
    でも、痛くなければ良いのかというと、そうではないですよね。
    動物だったら、痛みがあろうがなかろうが殺されるのは絶対に嫌なはず。
    だけど生きるための殺生なら仕方ないとは思う。
    そしてその過程を知った上で消費するべきとも思います。
    #13956さんの「人間お都合で消費される命なら、せめて苦痛を与えないで欲しい。」という意見にも同感です。

    ただ、私は動物が好きだから、ベジタリアンになりたいと思うときがあります。
    「逃げ」というわけではなく、動物も(特に哺乳類は)心を持っているのがわかるため感情移入してしまうから。

    毛皮もできれば買いたくない。
    自分を着飾るために命を犠牲にするなんて本当はしたくない。
    でも、普段は過程を目にすることがないから、あるいは目を背けて、リアルファーの服を購入したり、本皮の製品を使ったり。。
    自分の理想と行動が伴わないのがとてももどかしく思います。
    [ 2010/12/17 13:04 ] [ 編集 ]
    コメントありが㌧ございます!
    皆さま、たくさんのコメントをありが㌧ございます!( ̄o ̄)ゞビシッ!!

    お返事がままならなくてごめんなさい。
    記事をひとつ使って、じっくり私の意見も述べていくつもりです。

    年末に仕事が立て込んでいて、今日も昼休みが取れません~。
    時間が取れるまで、いましばらくお待ちくださいませ。(*'-')o(*,",)oぺこり

    コメント欄は、ご意見・ご感想など、どうぞご自由に使ってください。
    貴重な時間を使っての貴重な書き込み、本当に感謝です。
    [ 2010/12/17 13:25 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    難しいなぁ。。。本当に難しい。。。
    みなさんの考えを読んで、自分はどうか。。。?と考えると、う~ん。。。いろんな想いがぐるぐるぐるぐるめぐります。で、結論でなくて、「難しい。。。」
    昨日、ちょうど見ていたテレビ番組で、鶏の丸焼きの絶品を味わえるお店をやっていてたのですが、食べるのが大好きなうちの長女が「うぅっ。ぐろい。。。」って言いました。でも、切り分けていつものとり肉の映像のシーンでは、「美味しそう」って見てました。すごく自分勝手だけど、毎日毎日、そういうことをしているのですよね。。。
    子どもの頃に、鶏をシメるところを毎日見ていて、以来、大人になってもとり肉を見るたびに最後の苦しそうなところを思い出して食べられない…と言っていた人も知っています。
    生きていくために必要、感謝の気持ちも大事、感謝を忘れないために知っておくべきこと、いろんなバランスがすごく大事な気がするのですが。。。
    まとまりません。。。
    いおんさんの記事、待っています。それまで自分なりに考える時間も、なんだかすごく大事な気がする。。。
    [ 2010/12/17 16:56 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    イオンさん、いつもありがとうございます。ぶたにくさっそく注文しました。図書館に^^
    [ 2010/12/17 20:10 ] [ 編集 ]
    ライオンなら、肉食をしないと生きていけないから、ライオンが肉食をすることはいいことだと思います。
    でも、人間は肉以外にも、豆腐や納豆や豆乳からタンパク質をとることができます。食感が肉と似ているキノコを食べる選択肢だってあります。
    豚や牛が精肉されるときの悲しみを考えると、ついつい野菜を選択してしまいます。エゴかもしれませんが、野菜なら人間に食べられることを受け入れてくれるんじゃないかと思うからです。
    人間は牛や豚の気持ちをもう少し考えてあげてもいいんじゃないかと思います。
    [ 2010/12/17 20:53 ] [ 編集 ]
    いつか
    映画になったブタのPちゃんの本も、食堂かたつむりも、読んでいると気づくことがたくさんありました。
    いつか、きちんと精肉過程を子供と共に学べたらな、と思っています。
    以前テレビで自給自足している家族の物語をみたのですが、貴重な家畜をしめるのが苦痛だと肉を食べるのを極力避ける少年、でも少年は食べないと貧血でフラフラすると、だから必要なんだと分かってはいると話していたのを今も憶えています。でも、食べるには、しめないといけない、そのはざ間で罪悪感を感じているんだと。
    [ 2010/12/17 23:13 ] [ 編集 ]
    まさに
    あなたの命をいただきます

    まさに、ですね

    われわれは、毎日、いろんな命をいただいて
    生かされているのですね

    ありがとうございます
    [ 2010/12/18 06:16 ] [ 編集 ]
    追伸
    難病指定の病気を治そうと思ったのと
    何となくお肉はもう良いや
    という気持ち(後者の気持ちの方が強いですね)で
    3年くらい前から
    四足肉(牛豚羊etc)、鶏を食べるのをやめました。
    人間の口に入るまで
    動物を育てるのに必要な穀物を作る畑が
    莫大にいるそうです。
    もし全員がベジタリアンになれば
    全世界の人も食料に困らないそうです。

    私一人が
    ベジーになったところで流通は
    大きく変わらないよと言われますが
    こういう人間がいても良いなと思っています。

    友人や職場の人と焼き肉屋で打ち上げもありますが
    普通の顔して野菜だけ食べていると
    だれもそんな気にも留めず
    楽しく時間は流れます。
    押しつけるスタンスではありません。
    だって私も食べていたから。

    すごく個人的なことですが
    やめて変化したのは
    重かった生理痛が軽減しました。
    吹き出物もなくなりました。
    断食とかしたことも影響があるかもしれませんが
    難病指定の病気も治りました。
    狂牛病の心配もなくなりました。
    (狂牛病は牛に牛を飼料として
    共食いさせたことで発生した病気と言われています。)

    道場六三郎さんのスタンスも好きです。
    命をいただくから
    全てあますことなく感謝していただく

    やっぱり少し押しつけがましいかな。
    イオンさんのように
    あたたかくハートに響く言葉を紡ぎたい。

    ※こういう記事もありますよ
    http://soudan.main.jp/sion29.html
    [ 2010/12/18 21:44 ] [ 編集 ]
    キャッチ&リリース
    すごく違和感を覚えます。
    魚、釣るならちゃんと食べてくれって。
    命で遊ばないでほしい。
    昔はお肉は貴重だった。家ではニワトリを飼っていて
    その世話は子供の役目だった。
    年取って卵を産まなくなったら、さばいて鶏肉に。
    それは母の役目だった。
    かわいそうとは思わなかった。
    さすがに母も首を落とすのだけは、近所のおじさんに
    頼んでいたけれど。
    昔は命のやり取りが生々しく身近にあった気がする。
    だけど遊びのために、魚を釣る大人は誰もいなかったなぁ。
    [ 2010/12/18 23:10 ] [ 編集 ]
    ここだけの話
    10年程前ブラックバスの釣りが流行って何度か友人と行ってたのですが・・・
    一匹も釣れませんでした・・・・_| ̄|○
    でも別の機会に食べる為に狙ったマスはすぐに釣れました( ̄.. ̄;)
    子供の頃も考えてみれば釣った魚は必ず食べてました。
    キャッチ&リリースってやっぱり抵抗感ありますね。。。
    [ 2010/12/19 02:38 ] [ 編集 ]
    私もよく考えるテーマです
    私はスーパーでお魚見てもお肉を見ても胸が痛んでしまいます。包丁で切る時は「ありがとうございます。ごめんなさい」って思います。実をつけて動物に食べてもらって種を運ぶような植物さんたちに対しては「ありがとう」って素直に思えるけど。。肉体は死んで終わりでは無いって考えると心が楽になる。でも私には実際にそれが本当なのか心底は分かっていないので辛くなってしまいます。動物達はそういうこと分かっているって聴いたことあるけれど、やっぱり生きたままノコギリで切られるって考えるとたまらなくなってしまいますxxxでも愛情を持って育てられた動物はその育てられた人には従順に命をささげると聴きました。でも私は出来れば将来お肉を食べなくても済むようになりたいと思ってしまいます。今の私に出来ることは売られているお肉でもなるべく大切に育てられた動物さんを選ぶことかなと思っています。そうすれば大切にされる動物さん達が増えるかなと思うから。人間はたくさんの頂いた命に対して何を循環して与えていけるのかな?感謝すれば感謝が伝わり悲しいと思うと悲しみが伝わるとも聞きました。だからやっぱり感謝したいです。
    スパッとこういう話題を書けるイオンさんってカッコイイと思います!
    [ 2010/12/19 12:58 ] [ 編集 ]
    少し想い出した事
    梵叙るさんの御話から、少し想い出した昔話です。

    私は三兄弟の二男坊でしたが、子供の頃から親父に連れられて色々な処に行きました。(何故私だけだったのかは覚えていません…)

    その中に「タイ釣り」がありました。
    (沖エモン丸だったかな?茅ヶ崎の相乗り漁船)
    (行く時は4時起きですよ~!orz)

    うちの親父は変な意味で有名人で、船に乗ると船室で寝ている事が多かったそうです。(船の人の話では)

    始めて鯛がヒットした時。
    「(あれ?これは掛かった?)」って思っているその時…
    親父は船室に向かおうとしていました。

    その背中に向かって「(掛かっているんですけど~???どうすりゃいいの?)」って思っていても声を掛けられず…
    親父は行ってしまいました。

    しょーがない…自分で何とかするしかない!orz

    やってやらあ!って「釣りキチ三平」などで覚えた知識を駆使して、なんとかリールをマキマキして揚げてたら、隣にいたおじさんがタモ(網ね?タモリじゃないですよ?)を持ってきてくれて、揚げるのを手伝ってくれました。

    しばらくすると、親父が戻って来て、私が初めて揚げた鯛を観て、こう言いました。
    「あ~、こういうのは普通、放してやるもんだがな…」と。
    その鯛は800gくらいなんですが、話を聞くとそれくらいの小さな鯛がヒットした場合は「もっと大きくなってこいよ~」と、釣り揚げても逃がすのが通例なんだそうです。
    (これが本来のキャッチ&リリースだと想うんです)

    でも、なんとなく解っていました。
    隣の手伝ってくれたおじさんも私の「初めての獲物」だって察していたらしく(この方は4~5㌔の大物をバンバン揚げていました)小物で有る事には言及せず。
    親父も「(本来はダメなんだがな…)」とは思いつつも、事態を察してくれたらしく、上記のようなコメントに為ったようでした。

    ・・・

    何が言いたいかと言うと・・・

    わからないんですが!
    (; ̄Д ̄)<アホか…

    釣った鯛はいつも通り美味しく頂きました!
    (贅沢な話ですが、毎週実家の定休日に親父が鯛を釣ってくるので、「鯛食い飽きた~!!」とかいってましたわ…)

    めんどくさがりだった親父は、いつも御客(実家は中華料理なので)で来る、別の魚屋で働いていた「梅さん」(マジですよ?ギャグじゃないですよ?)を呼んで鯛をさばかせたり、近所の魚屋さんに釣ってきたモノをお裾分けして「これやるから、こっちのを御造りにしてよ~!」ってやってました。
    (魚屋さんって、最近無いなあ…)

    なんだか、こういうやりとりって良いですよね~。

    まとまりなくってスミマセン…昔話ですわ♪
    ヾ(´▽`;)ゝ
    [ 2010/12/19 21:02 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    イオンさん、みなさんこんばんは。

    トップページのタイトルを見て「ぶたたく」と読んでしまい、豚さんの新しいシャブシャブかと思ってしまいました。
    ごめんなさい。

    それはそうと、うん。
    豚さんの精肉工程、昔会社で資料をもらいましたが怖かったですね。
    頭部のお肉を使うのに、脳みそを取り出して、目ん玉をくりだして・・・って工程がずらずら書いてあるの。
    でもね。
    そこで実際に働いている人がいるからこそ、今食卓で食べられるんだって実感したし、命そのものや、それに関わる人々みんなに感謝できるようになりました。

    子供にも、ちゃんと有り難味を教えているつもりです。
    豚ちゃん・牛さん・ニワトリさんは可愛い。
    けれど、みんなあなたの体を作るために食べられちゃうんだよ。
    毎食、ありがとうって意味を込めて「いただきます・ごちそうさまでした」って言おうねって。
    まだまだ理解が完璧じゃない娘@2歳児ですが、いおんさんのお勧めの本、手に取る機会があったら購入してみようと思います。

    お肉を食べる食べないって、自分の信念は黙って突き通せばいいのではないかな?って思います。
    だって、人間って元々、肉も草も食べる雑食でしょ?
    「体質に合わないから○○は食べられない」んだったら、それでいいじゃん。
    人に○○を食べたらあかんよとか言わないでいい。

    殺して食べるのが可哀相って言うなら、昔からの狩猟民族は鬼でしょうか?
    そんな事ないでしょ?
    そうやって命を繋いできたんだから、みんな、ありがたく感謝して食べていたのだと思いますよ。
    最近は乱獲や飽食で粗末にされてしまう命もありますけどね。

    私は食卓に着いた時に、食べ物で遊んだり好き嫌いをするような人は嫌いですね。
    (↑とか言いつつ、私は牡蠣・貝が苦手。なので食卓に上がりません)
    そういうマナーのなってない子供には「自分が食卓の上でおかずになった時、こんな扱いをされたらいやでしょ?」と言いたくなります。
    実際、娘には言ってますよ。

    いおんさん、長々と失礼しました。
    趣旨に合わないとか個人攻撃をしたつもりはありませんが、不愉快になる方がいらしたら、ごめんなさい。
    [ 2010/12/19 23:00 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    そこまで言うなら、現場に立ち会って牛の悲しそうな声を聞いてくるべき。
    [ 2010/12/20 08:10 ] [ 編集 ]
    思い出しちゃった(笑)
    昔々、祖母がまだ若かった頃。
    どこからか、牛の舌はおいしいと聞いてきた。
    近所で牛をつぶす日、わざわざ出向いていった祖母は、
    頼んで牛の下(ボールじゃなくバットの方ね)を
    いただいて、だいじに包み、調理方法を聞きに
    教えてくれた人を訪ねたのだそうです。
    相手は包みをほどいて、びっくり!!

    祖母は家族に栄養のある美味しいものを
    食べさせたかったのでしょうね。
    厳格だった祖母のこの失敗談は
    祖母亡きあと、やっと解禁され堂々と?孫達に
    伝えられましたとさ。
    [ 2010/12/20 20:32 ] [ 編集 ]
    なはは…
    ω料理って、実際に在るらしいですしw(薬膳だったかな?)
    ヾ(´▽`;)ゝ

    ω太、マスカット切られたら・・・
    「痛そ~・・・」
    (そのネタ引っ張る???)

    なんだか、ほのぼのエピソードですね♪
    (*^-^*)
    [ 2010/12/21 01:15 ] [ 編集 ]
    ですよねー
    命の大切さを教えるとき、こうゆう事も教えるべきですよね。
    食用になる豚がこうやって人の残飯を食べて売られていって。。。でも大切に愛を込めて育てられてて。。。それでも命を続けるために食べ続けなくてはいけなくて。。。みたいな。

    参考になります v-424
    [ 2010/12/21 04:29 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    この話題、イオンさん個人の見解を聞けるのがとても楽しみです。
    食は私たちの身体と心を支える、生活の根底にあるものですから。

    私自身、何が正しいのかわからないです。
    正しいか正しくないかという相対で括っている時点でなんか違う気もしますが^^;

    感情のある生き物をころすのはかわいそう。
    それじゃあ植物の感情は?
    動物と植物は同じなの…?

    人間は菜食だけで生きていけるのは何故なの
    だったらなんで肉食という習慣があるの?

    感謝すれば生き物をころして食べてもいいの?


    …私は考えるのが苦手なので
    自分ひとりじゃ中々整理整頓できなくて;
    だからタイムリーにこの記事を見れて嬉しい。
    皆さんの考え方も参考になります。
    [ 2010/12/22 02:28 ] [ 編集 ]
    以前、いおんさんの記事で、「完全に善なる存在になることはできない」「純粋な善は人間ではない」というような内容があったと思います。

    完全にベジタリアンになることはできても、その他にも、環境問題とか、戦争とか、貧困とか、人間であることゆえの問題はまだまだあります。

    大切なのは、問題提起して下さる方がいて、真剣にコメントされる方がいて、こうやって煮詰めていくこと自体なのかもしれません。そうやって、少しずつ、人類が、「善」に近づいていく過程、「善」の可能性を探る様子を、神様?はにこにこしながら観てくれているような気がするし、私自身、尊いな、と思います…。
    [ 2010/12/23 08:32 ] [ 編集 ]
    駄長文、ごめんなさい!
    例えば、釣ったカツオ1尾さばくだけで、辺りは真っ赤。
    牛や豚はどうだろう。
    確か、国内で1日に潰される豚は約5万頭。輸入も同数程度。(記憶違いだったらごめんなさい。)
    とにかく毎日夥しい量の血が、下水道を流れて行く。

    処分場へ行くトラックに乗せられるのを拒もうとする家畜の話を聞いた。
    徒歩で牽かれて行く牛が、初めての道なのに処分場に近づいた所でそれ以上進むのを嫌がり、押しても引いても動かなくなったという話も聞いた。

    「食」は家庭やエリアの「文化」として刷り込まれ、継承されている。
    「お袋の味」に代表されるように、幼少期の影響が大きいようだ。(某ハンバーガーチェーンは、それを利用すべく子供向け商材に力を入れているとか。)

    終戦間もない頃、飼い犬も潰して食べたと母に聞いた。
    止むを得ないことだったろう。
    しかし、今はどうか?
    我々は「考えて選ぶ」ことができる。
    少なくとも今日の日本では、大人ともなれば科学的にも時代的にも、その程度の明晰性は誰もが獲得できるところまで来ているのだと思う。

    我々は、感じ、考え、胸を張って選択し、惰性の習慣から脱却できる時点に到達しているのではないか?

    「感謝して食べればいい。」とよく耳にする。
    しかし、焼肉屋で見る仲間の様相は、残念ながら「レジャー」そのものだ。

    潰すために種付けし、命を発生させ、劣悪な環境下で肥育・飼育し続け味覚を満足させるために潰す。
    いや、それ以前に商業、つまり金儲けの為だ。
    「必要だから」「生きる為に」という輝かしい根拠からも乖離してしまった。
    効率的生産と消費のベルトコンベア-に乗せられる命。
    我々はつくづく「消費者」に成り下がってしまった。
    そういう側面から語られる事象であるのも事実。

    私に出来ることは、私一人分の消費をなるべく減らすことだけだ。
    何が正しいとかではなく、そう在りたいと思うから。
    「考えて選ぶ」とは、在り方、生き方だ。
    ただ、今の世の中で、特に育児中の方々には極端な選択は難しい。
    我々一人一人の意識の総和が「世の中」である以上、大切なのは、感じ、考えて責任を持って選択すること。
    その為にこうして立ち止まり、零点から再考することはとても有意義だと思う。

    「人道的」というのはどういうことかと考えてみる。
    その最たるところは、相手を思い、相手の身になって想像できることではないだろうか。
    相手の苦しみや痛みを慮り、それらを軽減させたり庇おうとすることができる能力。思いやり。
    その力を人間以外の動物たちに迄向けるのは、行き過ぎた誤用だろうか。
    [ 2010/12/30 03:22 ] [ 編集 ]
    あの~・・・
    前のコメント、何度もはねられてしまい、怪しい表現を片っ端から変えていったら大分変な感じになってしまいました。
    どの表現がアウトなのか、表示してくれるとたすかりますね。(^_^;)
    出来るだけ短くしようとしたら、なんだかエラそうになっちゃったのもごめんなさい。
    [ 2010/12/30 03:36 ] [ 編集 ]
    NoTitle
    エラそうなコメントには感じませんでした。
    共感しました。
     
    >相手の苦しみや痛みを慮り、それらを軽減させたり庇おうとすることができる能力。思いやり。
    >その力を人間以外の動物たちに迄向けるのは、行き過ぎた誤用だろうか。

    人間が万物の長たる存在であるのならば
    【だからこそ】他の弱い存在を守るべきと思います。
    単なる暴君になってはいけないと思います。
    あくまでも私個人の意見ですが。
            
    [ 2010/12/30 14:39 ] [ 編集 ]
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