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      普通の主婦の、怖くない不思議体験と地震予測日記(関東発信)

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    お星様になった赤ちゃんたち

    お星様になった赤ちゃんたち(流産した子供が教えてくれたこと)
    [ 思うこと(イオン的人生論) ] / 2006年03月27日 13時00分52秒


    ***今日は本文が長いのでつぶやきません***

    一度だけ、流産したことがあります。
    その時、医師が言ってくれた言葉。

    *◇*―――――*◇*

    気にすること無いですよ。
    流産は風邪に毛が生えたようなもので、10件の妊娠中2~3件はそのような結果になるのです。
    決して母体のせいではありません。
    次が妊娠しにくいとか流産しやすいとかもありません。
    だから自分を責めないで、気持を切り替えて下さいね。

    *◇*―――――*◇*

    まるで私の心を見透かしているかのような言葉に、ハッと我に返る思いでした。
    そう。
    その時の私は「自分のせいだ・・・」と、すっかり気落ちしていたのです。

    それはチビを産む1年半前の出来事でした。
    当時の私は、子育てにおわれていて、なかんずく最重度障害児の子の世話にいっぱいいっぱいでした。
    自分の体の事など二の次三の次。
    生理が来ていない事に気がついたのは、吐き気と貧血で倒れそうになってから。

    まさかの・・・妊娠でした。

    正直、戸惑いました。
    子供は大好き。
    育てられるなら、新しい命をはぐくみたい。

    でも・・・。

    脳裏をよぎったのは、子供と同じ通園施設に通っていたママ友達の言葉でした。
    その人は、10年以上にも及ぶ不妊治療の末に授かった子供が、軽度ではありましたが障害を持っていました。

     子供さえ生まれてくれたら、あんな事もこんな事も出来る。
     そんな夢ばかり追い続けて、必死に辛い不妊治療に耐えた。
     でも、いざ産んでみて──
     出来ない事ばかりが増えていった。
     子供はかわいい。
     だからこの気持をどこにも発散できない。

    ストレスでしょう、そのお母さんは、時と場所を選ばずに起こる過呼吸の発作に苦しんでいました。
    私には、痛いくらいにその人の苦しみが分かります。
    おろすことは全く考えて居ませんでしたが、素直に喜ぶ事も出来ない気持が、私を苦しめました。

    しかし。
    診察を受けて、まだ初期で人間の形にもなっていない胎児の「ピコッピコ」の心臓の動きを超音波の画像で見た時。

    吹っ切れたのです。
    新しい命のパワーとは、何と凄いものなのでしょう。
    まだ会ったことも無い、人の形すらしていない赤ちゃんが、私の重苦しい気持を一吹きで飛ばしてくれたのです。

    私は、やっと笑顔になれました。


    その赤ちゃんが───

    それは突然の出来事でした。
    止まらぬ出血と陣痛に似た痛み。
    慌てて病院に駆けつけた時には、既に心音はありませんでした。

    全身麻酔による処置の後、目を覚ましたときのあの脱力感。
    深い深い喪失感。

    悲しい時には、人は何でも暗く考えてしまうものです。
    看護士さんが
    「流産は、ほとんどが受精卵に問題があるから、例え生まれても重篤の障害を持つ事が多いのよ」
    と励ましてくれても(看護士さんは私が本当にそのような子を持つことを知りません)

    「私のせいだ。私が手放しで喜んで迎えようとしなかったからだ」
    と、混沌とした感情を全て自分を責めることにぶつけてました。

    冒頭の医師の言葉は、次の診察の時に聞いたものです。

    家に帰ってからも、色々考えました。
    そして気がついたのです。

    赤ちゃんは、生まれてくる事は出来なかったけど、「生をまっとうした」のだと。
    この子は、私の中で確かに「生をまっとう」したのです。
    「障害児の母」だけに目を奪われていた私に、色々な可能性を教えてくれた・・・。
    私を変えてくれたのです。
    それがこの子の「生」だったのだと気がついたとき、心の底からこみ上げてきた想いは


     宿ってくれてありがとう
     ゆっくり休んでね
     あなたの事は絶対に忘れないからね


    何も「誕生」することが生ではない。
    長生きすることが生きた証でもない。
    その命が、何を残せたのか。
    その方がずっと意味のあることだと思います。

    私の赤ちゃんは、お腹に宿ったわずかの期間で、私の変化と言う大きな仕事を成し遂げて、その生をまっとうした・・・・。

    一年半後、チビを宿したとき、私は手放しで喜びました。
    本当に本当に嬉しかったです。

    そんな私を見て、母が驚いていました。
    「これからの生活を思ったら、普通はこんなに喜べないかと思ってた。でも違うんだね。本当に嬉しいんだね。そんなイオンを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる」と。

    (余談:チビは流産した子の生まれ変わりでは無いです。直感ですが)

    こうしてチビは皆の祝福の元で産まれて来ることが出来ました。
    私は子沢山の母になりました。
    どんなに毎日が大変でも、今の充実感、これからの希望に満ちた考え方は、あの子が私に残してくれた物。
    大切にしていかなくちゃ、と思ってます。


    天に帰っていった全ての赤ちゃんへ。
     宿ってくれてありがとう。
     そしてご苦労様。
     またいつか、会おうね。

    そして悲しみに沈むお母さんへ。
     赤ちゃんが自ら天に帰っていったのは、「生をまっとうした」から。
     宿ってくれたことに感謝しよう。
     泣かないで。
     務めを果たした赤ちゃんが見てるから。
     必ずまた会えるから、忘れないでいてあげて。
     「赤ちゃんのおかげでこんなに成長できた」生き方こそが、赤ちゃんへの供養になります。


    あぁ、中途半端ですが、時間切れです。(泣)
    想いが少しでも伝わりますように。


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    [ 2008/07/10 12:13 ] イオン的人生論 | TB(-) | CM(-)
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